第1回         たこ焼きの味       作 龍前まり 
              
 
   人  物

 小川 鳩子 (25) 事務員

 小川 哲平 (20) その弟

 小川満寿美 (52) その母

 太田 次郎 (83) シナリオセンター新入ゼミ生。

 先生

 田口





@街の通り(夕)

     小川鳩子(25)が、歩いている。


A『たこ九』前の道路

     小川哲平(20)が、真剣な様子で、たこ焼きを作っているのが見える。茶髪で
   
     ある。


     その哲平目当てなのがありありと分かる様子の女の子達が群がっている。

     女の子の群の後ろから、割り込む鳩子。

鳩子「哲平くぅ−んん。今日こそお願いい」

     女の子達、何者? といった風にざわめく。

哲平「おう! 持って帰るわ。楽しみにしといてええでぇ」

鳩子「(しなを作り)まってるわ−」

     鳩子、足取り軽く去って行く。   
    

B小川家・居間(夜)
 
     鳩子と小川満寿美(52)がテレビを見ている。そこへ、袋を下げた哲平が、

     入ってくる。

鳩子「お帰り。あ、それ、たこ焼き?」

哲平「そうや。持って帰ったったで」

鳩子「あたしの演技どうやった?」

哲平「ちょいわざとらしかったけど、まあええわ。でもすぐ姉ちゃんやってばらしたけ

 どな!」

鳩子「なんやしょうもな。女っちゅうもんは、嫉妬で燃えるとこあるねんで。そこをもっ

 と刺激して、ファンを増やさな」

哲平「う−ん・・。そこまで小細工するのもちょっと・・・。まあ、今日のは、しゃれ

 程度で・・・」

鳩子「あそ。まあええわ。それより、やっと持って帰って来てくれたなあ、たこ焼き」

哲平「待たせたからには、自信作やで。粉の配合から全部、俺任されてん!」

    鳩子、満寿美、たこ焼きを食べる。

    鳩子、難しい顔をする。

満寿美「ちょっとこれ! 店に出しとんの」

哲平「当たり前やんか。みんな喜んで買うて行きよんでー。特に若い女の子、な」

満寿美「はっきり言うて、まずいねんけど。どないよ、これ」

哲平「うそお、マジ?! 俺の自信作や言うたやろ。どれ」

    哲平、たこ焼きを一つ、口に入れる。

哲平「メッチャうまいやんか! 何言うん」

満寿美「ありゃー。味覚が駄目になってんやわ。どないしょ。もうあんた、店辞め」

哲平「お母さん、家族として、その言い方は、あんまりにも酷いで。他に言いようあるや

 ろにー。可愛い息子に対してやなー」

満寿美「可愛いからこそ言うんやんか! ほんまの事を言うのが、家族やろ」

鳩子「もおう! 何もこんな夜中にもめな」

哲平「お母さんこそ、舌、変なんやで−」


    哲平、笑いながら、居間を出る。

満寿美「あーあー。なあ鳩子。家族やからこそ、ほんまの事を言い合わな、他人は

 見て
見ぬ振りやで、大人ってシビアなもんや」

鳩子「見て見ぬ振りかー。そうかもな。じゃあ、さあ、ほんまにほんまの事言う方が、

 ええのんかなあ−」

満寿美「ん? 何の事?」

鳩子「ううん、ええわ、あたしも寝るし。お休み」


    鳩子、居間を出る。


C同・鳩子の部屋・中(夜)

    比較的片づいた部屋。鳩子がベッドに寝ころんでいる。

    隣の哲平の部屋からは、調子の外れた英語の歌が聞こえてくる。ヘッドホン

    で音楽を聴きながら、口ずさんでいるのだ。

鳩子「まるっきりの、日本語英語やなあ。それに、意味が通らんし・・・。音痴・・」

    うつらうつらする鳩子。


D鳩子の夢

    玄関で、正座している哲平に、仁王立ちになって説教をしている鳩子。

鳩子「あんたなあ、才能ないで! 早よ諦めて、他の道探さな、人生の落伍者になって

 まうんやで! 憎うて言うとんのとちゃうねんからな!」

    哲平、しくしく泣き始める。

哲平「ねえちゃんにそんな事・・俺・・・」

   

E元の同・鳩子の部屋・中(夜)

    はっと目覚める鳩子。

鳩子「あたしって、すぐ夢に出るなあー、悩んでること・・」

    がばっと起きあがり、机に向かう鳩子。

    ワープロを開き、書きかけの原稿に目を通す。

鳩子「とりあえず、今は哲平の事は後。原稿書かな」

     *    *    *

    凄い寝ぼけ眼で、印刷をしている鳩子。

    時計は5時20分を指している。

    窓の外は、うっすら明るくなっている。

鳩子「よおおおっしゃあ! 出来た!」

    どたっとベッドに倒れ込む鳩子。


F走る電車・車内(朝)

    疲れと睡眠不足でへろへろになった鳩子が、痴漢されている様子。

鳩子のN「このくそ親父いい。勝手に触るなあああ!」

    駅に停車し、人の波がドアに流れる。

    鳩子、痴漢らしき男に、思いっきりアッカンベーをする。


Gシナリオセンター・教室・中(夕)

    鳩子と数人の生徒達が、着席している。

    その中に、太田次郎(83)が居る。

     *     *     *

    太田が原稿を発表している。

太田「白菊は、ミイラ化した子供を抱いたまま、去って行った・・・。終わりです」

先生「はい、では、小川さんの意見を」

鳩子「ええと、『赤い屋根』の原作で、時代劇にしはったのが、良かったです。だけど

 ラストで主人公がここまでブラックな不幸にならなくてもいいかな、と思いました」


    太田、じっと目を閉じている。

鳩子のN「あれ? おじいちゃん、寝てんのかな・・・!?」

先生「はい、では田口さん」

田口「面白かったです、特に、時代劇にした感性が、良かったと思います。が、ラスト

 に救いが無い点が、惜しいと思いました」


    生徒達、感想を述べていく。

    *     *     *

    太田、目を閉じたままである。

先生「はい、では、作者の弁」

太田「ええー、初めて人様の前で自分の拙い作品を発表しましたが、ご丁寧な批評、

 ありがたく思います。所で、ブラックな不幸とは、どういう意味なんでしょうか・・」

鳩子「(小声で)あ、起きてはったんや」

    教室、笑いに包まれる。


H駅へ向かう道(夜)

    鳩子と太田、生徒達が、歩いている。

太田「僕の尊敬する人は、葛飾北斎と、伊能忠敬なんですよ」 
  
鳩子「そうなんですかー」

太田「北斎なんて、90いくつで死ぬ時も、まだしぶとく、絵が上手くなりたい、と言

 うとったらしいですからね」

鳩子「太田さんも、シナリオ頑張ってはるから、おんなじやないですか」

太田「頑張ってるっちゅうかねえ。・・・笑わんといて下さいよ。僕、やるからにはプロ目

 指してますねんで」

鳩子「笑いませんよ! みんな気持ちは一緒ですもん。はは!」

太田「僕ねえ、年甲斐もなく、ってだいぶ若い時から、よく言われてましたんよ」

鳩子「・・・だいぶ若い時・・(考える)」

太田「ははは! 若いって何やろねえ」

鳩子「夢がある人間は老いないって、何かで読みましたよ、あたし」

太田「夢か・・。叶うまでが楽しいのかも」

鳩子「え?」

太田「社長って仕事、面白く無かったなあ」

鳩子「え、社長さんやったはったんですか。どんな会社でしたん?」

太田「楽しい家庭の団らんを作る、料理のね、関係の物を扱うんが夢で・・。鍋釜の

 会社、作ったはええけど辛い事の方が多かった」

鳩子「そうなんですか・・。社長って辛いんや・・。うちの会社の社長は、ラクそうですよぉ。

 (小さく)自分のことしか考えてへんし…。じゃあ、シナリオは?」

太田「面白いですよ! 書くのも、聞くのも。それに、こうして小川さんみたいな可愛い

 らしい人と話したり出来るし」

鳩子「あら! 可愛いやなんて、そんな本当の事をー。お寿司食べます?」

太田「ははは! 小川さんの作品、来週は聞けるんかなあ」

鳩子「はい。今日必死で提出しましたから」

太田「楽しみやなあ、来週」

    鳩子、太田、笑う。


I小川家・居間・中(夜)

    満寿美、哲平が、くつろいでいる所へ、鳩子が、帰って来る。

鳩子「ただいまあ。あ、哲平、昨日のたこ焼き、まずかったわ。しゃーけど、バンドは

 頑張るねんで。ああ、ねむたぁぁー。お休みー」

    あっけに取られる満寿美、哲平。

    鳩子、足取り軽く、居間を出て行く。

    去って行く鳩子のパンストが、ひどい伝線をしている・・・。  
 
                                             
(終)