シナリオ・センター大阪校30周年記念賞<シナリオコンクール入賞作品> 
課題「晩ごはん」


  作:北田 優子(59期生)
<人 物>
 梅村辰子(66)
 二宮俊(23)失業中
 後藤理沙(23)二宮の恋人
噴き出してしまいそうなタイトルですが、内容はパロディを超越して、孤独と不安をかかえた高齢者と、同じく将来に不安をかかえた若いカップルとの、あたたかい心の交流が描かれています。高齢者問題を扱った、比較的暗いドラマが多い中、軽快なコメディタッチで進行させながら、テーマに迫っていくさりげない手法は、魅せる技だち思いました。
○梅村家・台所 (夜)
   6畳間に続く古い小さな台所。すぐ横の玄関脇に食べ残しの惣菜パックが詰まっ
   たゴミ袋。流し台にも食べ残しの惣菜と処方薬の袋。梅村辰子(66)が大量の薬
   を一気に口に入れ飲み干す。
   冷蔵庫にバツ印のついた7月のカレンダー。辰子、19日にバツをつける。21日に
   丸がつき、入院と書いてある。
   側にオードリー・ヘプバーンがベスパに乗り微笑むブロマイド。語りかける辰子。


辰子「ローマにはとうとう行けなかったねぇ」

   辰子、残った惣菜をゴミ袋に捨てる。

○後藤家・中 (朝)
   8畳の洋室に台所が付いた奇麗な部屋。
   二宮俊(23)が目玉焼を3個焼いている。
   後藤理沙(23)が思い詰めた表情で、トーストなどが乗った食卓に座っている。
   

理沙「俊ちゃん…… やっぱり私、生みたい」
二宮「朝っぱらから何だよ。またその話かよ」
理沙「折角授かった命なんだよ」
   二宮、3個の目玉焼きを見つめる。
二宮「俺、仕事も無いし…… 父親になる自信なんかねえよ」
理沙「でもね、俊ちゃん……」
二宮「ああ、もう! 食う気なくした!」

   二宮、部屋を飛び出していく。
   理沙、寂しげに二宮が閉めた扉を見る。
   固焼きになった目玉焼きが焦げている。

○クリーニング店・前 (朝)
   理沙が店のシャッターを開けている。
   辰子がぼんやりと前を通りかかる。


理沙「あ、お早うございます、梅村さん。クリーニング、とっくに仕上がってますよ」
辰子「ああ、あれね。悪いけど処分しちゃってくれる? もういらないから」

 
   エッと驚く理沙を残して、辰子、去る

○コンビニ・中 (朝)
   おにぎり売場の辰子、表の駐車場で二宮が白いベスパから降りるのを目にす
   る。手にしたおにぎりをギュ〜ッと握り締め、ベスパに釘付けになる辰子。
   辰子、入って来た二宮をねめ回す。
   二宮、怪訝な顔で首をかしげる。

○同・駐車場 (朝)
   辰子がベスパに見惚れている。


辰子「(呟く)やっと本物に会えたじゃないか


   硝子越しに二宮が就職情報誌を立読みしているのが見える。

辰子「(ニンマリして)なるほど。プー太郎か」

   二宮が出てきて、エンジンをかける。
   辰子近づき、腹を押さえて蹲る。


辰子「あ、痛、痛、いたたたた……」

   二宮、驚いて辰子を見る。他に誰かいないかとキョロキョロするが、駐車場には
   辰子と二宮しかいない。

辰子「痛い! 痛い! 痛い! 痛い!!」

   二宮、仕方なく辰子に歩み寄る。

二宮「どうしました? 大丈夫ですか?!」
辰子「(苦しげに)すまないけど、あんたのスクーターで、病院まで直行しておくれよ」
二宮「えっ? これっすか? そんなの危ないっすよ。今、救急車呼びますから」
辰子「いいから、いいから! それに乗せて! 病院の場所は分ってるから」

○路上 (朝)
   二宮と辰子、疾走するベスパに。晴海、驚いて三浦の方を見る。


二宮「(大声で)ほんとに大丈夫ですか? しっかり捕まっててくださいよ!」
辰子「(嬉しげに)はいはい」

○ゲームセンター・前 (朝)
   二宮、辰子をベスパから降ろす。

二宮「本当にこの辺なんすか? 病院」
辰子「おかしいね。確かこの辺のはずだけど」

   
   辰子、ゲームセンターの入口に歩み寄る。
   顔が口を開けた機械がある。


辰子「あった、あった」
二宮「えっ?」
辰子「真実の口。何か後ろめたい事があると、手が抜けなくなるやつさ」
二宮「あのね、おばあちゃん。今病院を……」
辰子「(遮って)ローマの休日。見た事ある?」
二宮「ええ、まあ。つーか、もう治ってるじゃないですか。痛み、治まったんですね」
辰子「あんた、入れてみなさいよ」
二宮「はい?」
辰子「何もやましい事がなければ、入れられるはずだよ」


   二宮、一瞬ギョッとなる。

二宮「つーか、これただの手相占いですよ。あの、もう治ったんなら、俺行きますから」
辰子「あ、痛! 痛た。また痛くなってきた」
二宮「もう、勘弁してくださいよ〜」


○公園・中
   噴水のそばで、笑顔の辰子とうんざり顔の二宮がソフトクリームを食べている。

辰子「誰かと一緒に食べると、美味しいねえ」
二宮「(憮然と)お腹痛どうなったんですか?」
辰子「これ食べ終わったら、また痛くなるよ」
二宮「あの俺、仕事ありますから。ご家族に連絡して、迎えに来てもらいましょうよ」
辰子「そんなもん、いないよ」
二宮「どうしてそういう嘘つくかな〜!」
辰子「嘘なもんかい。筋金入りの一人暮しさ。若い頃はそれが気楽でよかったんだけどね。プライドばっかし高くて、自分勝手で。でも年とると堪えるよ。一人っていうのも」
二宮「……」
辰子「家族や友人はね、宝物なんだよ」
二宮「……」


○路上 (夕)
   海岸線を走るベスパ。
二宮「(大声で)畜生! 何でこうなるんだよ!」
辰子「(ニコニコと大声で)どうせ失業中だろ! 付き合いなさい! (小声で深刻に)あ
 の世まで付き合えとは、言わないからさ」


○展望駐車場 (夕)
   海が見渡せる岸壁の誰もいない駐車場。
   鍵のついたベスパを置いて、辰子と二宮が並んで海を見ている。

辰子「ホスピスって知ってるかい?」
二宮「はい?」
辰子「死ぬのを待つ人が入る所。楽に死ねるそうだよ…… 私ね、明日から入院する
 の」
二宮「またまたぁ、そんな事言っちゃって」
辰子「……な〜んてね。何か、喉渇いたね」
二宮「もう、脅かさないで下さいよ。じゃ、俺ちょっと買ってきます」

   二宮、離れたところにある自販機で、飲物を買っている。
   ベスパのエンジン音が響く。振返ると、
   辰子がベスパで海の方に突進していく。

二宮「?!」

   二宮、追いつき、ベスパから辰子を引き降ろす。倒れる辰子と二宮とベスパ。

二宮「(荒い息で)こ、こんなシーン、・ローマの休日・には、なかったっすよ!」
辰子「(荒い息で)死ぬの待つくらいなら、自分で死んだ方がましだよ!」
二宮「何言ってんすか! 折角授かった命、自分で消すなんてダメですよ!」


   二宮、オロオロと泣き出す辰子の肩を優しく抱き寄せる。

○梅村家・台所 (夜)
   パスタを作っている二宮を、辰子が奥の卓袱台で嬉しそうに見ている。

二宮「ったく、腹が減ってるから、ロクな事考えないんすよ」
辰子「手作り料理なんて何年ぶりだろうねぇ」

   
   二宮、ふと冷蔵庫のカレンダーを見て、

二宮「本当に入院するんすか? そんな所に」
辰子「自分のいるべき所くらい、分ってるよ」


   玄関でノックの音。二宮、火を止めて扉を開けると理沙がクリーニングを手に立
   っている。アッと驚く二宮と理沙。

○同・6畳間 (夜)
   辰子、二宮、理沙が食卓を囲んでいる。
理沙「もう、クリーニングいらないなんて変な事言うから、心配したんですよ」
辰子「悪かったねぇ。でもお陰で、こんなに賑やかに晩ごはん頂けて、最高だよ」


○同・台所 (夜)
   二宮と理沙が並んで食器を洗っている。ギクシャクとした雰囲気。二人、小声で、

二宮「俺、まじで仕事探すよ」
理沙「えっ?」
二宮「だから、生んでくれよ」
理沙「俊ちゃん・・・」
二宮「折角授かった命だもんな」

○梅村家のアパート・前 (朝)
   タクシーが待っている。
   小型かばんを持った辰子が出てきて、不安げにアパートを仰ぎ見る。意を決して
   タクシーに乗ろうとする辰子、ベスパのエンジンの音に顔を上げる。
   二宮がベスパでやって来る。

辰子「あんた、何で……」
二宮「送って行きますよ。じゃなきゃ、見舞いにも行けないじゃないっすか」


   辰子、驚くが、パッと笑顔になる。


二宮「そんでもって(ベスパを叩き)こいつでまたここに戻って来るんすよ、王女さま」
辰子「(プッと噴出し)はいはい」


○路上 (朝)
   二宮と辰子を乗せたベスパが颯爽と走る。

<終>

【ノミネート作】
「おばばのごはん」 中山照子
「父と娘のサイクリングロード」 池上千里
「最初の晩餐」 尾崎悟史
「親子」 大江美保子
「老婆の休日」 北田優子
「あったかい場所」 篠原智子
「日暮れからのラブオール」 松下寿美子
「朝顔一輪」 西尾由生
「いろは食堂の夜」 嶋政治
応募総数 87本