第2回         社員旅行へ行こう       作 西 佐和子



人   物

小川鳩子(25)       事務員

原山大悟(49)       まるふく産業社長

秋山藍子(38)       その先輩 

西田茜(26)        その同僚

藤好幸次(23)       その後輩

浦島嘉助(67)       まるふく産業の倉庫番

戸田かずえ(34)     その先輩

小川信夫(58)       その父

小川満寿美(52)     その母




@まるふく産業・総務部

     小川鳩子(25)、新入社員(20)がデスクワークしている。

     電話が鳴り、新入社員が出る。

新入社員「まるふく産業でございます……原山? はあ、どちらの原山様で?」

     鳩子、あわてて受話器を取り上げる。

鳩 子「お電話代わりましたっ!……けれども、少々お待ち下さいませ」

     鳩子、電話を保留にして新入社員に、

鳩 子「原山って、うちの社長やん。これ、社長の奥さんやで」

新入社員「あーそーなんですかぁ」


     鳩子、秋山藍子(38)に、

鳩 子「秋山さん、すいません。社長の奥さんから電話なんですけど……」

藍 子「社長の奥さん? 何でまた今頃……(呟く)いややわ、私、愛人さん専用の

  交換手やのに」


     藍子、電話に出る。

     ホッと息をつく鳩子。

       ×    ×    ×

     電話している藍子。

藍 子「来月の連休にですか? 社員旅行?」

     藍子、カレンダーを見る。

     鳩子と西田茜(26)、営業から戻った藤好幸次(23)が聞き耳を立てている。

     藍子、思い当たった風で、

藍 子「はい、その日でしたら確かに社員旅行の予定でございます」

     鳩子、茜と顔を見合わせ、

 茜 「社員旅行?」

鳩 子「きいてね〜よ〜」


     藍子、電話を切って席に座り、頭を抱える。

     鳩子、そーっと藍子に近づく。藍子、ドンっと机を叩き、

藍 子「あーもういやっ! こんな生活」

     鳩子、ビビって飛びのく。

藍 子「あ、ごめん」

     鳩子と藍子、ヒソヒソ話。

鳩 子「社長の奥さん、何て言うてきはったんですか?」

藍 子「社長が来月愛人さんと一泊旅行に行くんやけど、それを奥さんには

  社員旅行って誤魔化してるらしいの。それで確認の電話」

鳩 子「はぁ……秋山さんも大変ですねぇ」

藍 子「ほんまいややわ。けど、この歳で転職も出来へんし、しょうがないわね」

鳩 子「(独り言のように)そうかなぁ」


     原山大悟(49)が入って来る。

原 山「こら、何をやっとる」

     それぞれの持ち場に戻る社員達。

     原山、新入社員のお尻を見てニヤニヤ。

鳩 子「(原山に)社長!」

原 山「(ギクっ)ああ、小川君か。何や」

鳩 子「来月の連休って、社員旅行なんですね。うちら何も聞いてへんかったから、

 びっくりしましたわ」

原 山「社員旅行?」


     原山、藍子の顔を見る。

藍 子「(小声で)奥様からお電話が」

鳩 子「嬉しいわぁ、どこに行くんですか?」

原 山「どこて……社員旅行なんかないで。(呟く)経費の無駄遣いや」

鳩 子「えーーー!!! ほな、秋山さん社長の奥さんに嘘つかはったん?」

     藍子、「やりすぎとちゃう?」という顔。

     鳩子、原山に見えないように藍子にウインク。

鳩 子「(大げさに)いやー、おかしいわー、何でやろ」

原 山「わかったわかった、嘘やない。ほんまのこっちゃ」

藤 好「ほんまですか?」

 茜 「どこ行くんですか?」

原 山「そんなもん、適当に決めたらええ。(藍子に)近場やで、近場で一泊や」

     藍子、はいはい、と頷く。

     原山、憮然として社長室に消える。

     鳩子、藍子と顔を見合わせVサイン。



A居酒屋(夜)

     鳩子、茜、藤好、藍子が居る。

藤 好「会社の経費で酒が飲めますね〜」

鳩 子「そう、会社の為に身を粉にして働いてこんなにやせてしもてんから、

  たまには命の洗濯させてもらわな割に合わへん」

茜・藤好「どこがやせてんねん!」

鳩 子「(上機嫌で)ええわぁ、その突っ込み」

 茜 「あんたはマゾか」

鳩 子「それで、どこに行きます? やっぱり湯布院は無理かなぁ」

藍 子「無理無理、近場で一泊やもん」

鳩 子「ほなせいぜい有馬かな」

 茜 「そうやね、有馬温泉くらいしかないねぇ」

藤 好「ただで酒が飲めるんやったら僕はどこでもいいですよ」

鳩 子「あんたはそればっかりやねんから」

藍 子「私も有馬でいいと思うわ」

鳩 子「それでは有馬温泉に決定〜!」

藍 子「幹事はどうしようか」

鳩 子「そんなん、私やりますよ。な、藤好君!」

藤 好「え? 僕もですか?」

鳩 子「当たり前やん。新米のくせに世話してもらってただ酒飲もうなんて

 甘い甘い」

     鳩子、藤好の背中をバシっと叩く。

     むせる藤好。


Bコピー機

     「社員旅行決定! 有馬温泉で一泊だ!」

     簡単だが派手なチラシのような社内連絡書がコピー機からどんどん出てくる。



Cまるふく産業・総務部

     コピー機の前で、連絡書を一枚取り上げてにんまり笑う鳩子。

       ×      ×      ×

     鳩子、茜、戸田かずえ(34)、藤好、藍子らが連絡書を見ながら談笑

     している。

     社長室横の電話が鳴る。藍子が嫌な顔をして電話に出る。

鳩 子「宴会ではみなさんに何か芸をやってもらいますんでよろしくお願いしまーす」

かずえ「いややわ、そんなん古くさい」

藤 好「いいじゃないですか、無礼講なんですから、無礼講」

かずえ「何で私が南京玉簾やどじょうすくいや腹踊りをやらなあかん訳?」

鳩 子「戸田さん……誰もそこまでやれとは……」

かずえ「あ、そうなん? じゃあ何するの?」

鳩 子「いや〜、そりゃカラオケとか」

かずえ「それだけ? つまんない!」

鳩 子「(呟く)どーゆー人なんだこの人」


     藍子が絶叫に近い声をあげる。

藍 子「ま、待って下さい! もしもし? もしもし!」

     電話を切られた様子。

     藍子、受話器をおき、暗い表情で社長室のドアをノックして入っていく。

     鳩子、心配そうに見送る。

       ×      ×      ×

     社長室から原山ががっくりと肩を落として出てくる。注目している社員達。

     原山、その視線に気づいて虚勢を張り、

原 山「や、小川君。社員旅行の準備はどんな具合かな」

鳩 子「はあ、まあぼちぼちです」

原 山「そうかそうか、わしも参加するからな、楽しみにしとるよ、わっはっは」

     原山、無理に笑って去っていく。

     固まる社員達。藍子が来る。

鳩 子「秋山さん、どういうことなんですか?」

藍 子「知らんわよ、社長が愛人さんのご機嫌を損ねるようなこと言うたらしくて、

 彼女突然旅行キャンセル言うてきはってん」

社員達「えーーーっ!!」

 茜 「それで急に社員旅行の方に来る言うてはるんやわ」

かずえ「最悪! 社長が参加するんやったら何も楽しいことあらへん。小川さん、

 ごめんやけど、私パス」

     かずえ、手を振って持ち場に帰る。

鳩 子「あ、ちょっと戸田さん!」

 茜 「私もやめようかなぁ」

鳩 子「そんな、茜さんまで……」

 茜 「だって、ねえ」


     テンションが一気に下がる。

鳩 子「そんなぁ……」



D同・倉庫(夕)

     鳩子が来る。浦島嘉助(67)が気づいて笑う。

     浦島に缶コーヒーを投げる鳩子。

      ×      ×      ×

     鳩子と浦島が座って話している。

浦 島「それは大変なこったな」

鳩 子「折角盛り上がってたのに、社長の一言で全部パーやなんて……

  何か、悲しいわ」

浦 島「旅行はもう明後日やし、こっちもキャンセル言うたら金も大分かかるしな」

鳩 子「でもしゃあないわ、みんな行けへんかったらキャンセルするしか」

浦 島「そうか」

鳩 子「藤好君は社長と愛人を仲直りさせる方法はないかって一生懸命考えてる

 みたいやねんけど」

浦 島「あいつは一生懸命の方向がどっかずれとるな、いつでも」

鳩 子「あーあ、行きたかったなぁ、社員旅行!」

浦 島「それやったら何とか行けるように頑張ってみたらええ。キャンセルにならんの

  やったら、わしは行くさかい」

     コーヒーを飲んで立ち上がる浦島。



E小川家・ダイニング(夜)

     小川信夫(58)が焼酎のお湯割りを飲んでいる。

     グラスを持った鳩子が向かいに座る。

鳩 子「私も飲もうっと!」

信 夫「珍しいな」


     台所から小川満寿美(52)が顔を出し、

満寿美「社員旅行がパーになりそうなんで、むしゃくしゃしてるんでしょ」

鳩 子「放っといて」

信 夫「何でや。えらいはりきっとったのに」

鳩 子「社長が行くって言い出してん。みんな社長と一緒に旅行なんか行きたない

  から、やめとこいう雰囲気になってしもて」

信 夫「(驚き)お前のとこの会社は社員旅行に社長が行ったらあかんのか」

鳩 子「そうやないけど」

信 夫「お前も嫌なんか」

鳩 子「うん。だって社長嫌いやもん」

信 夫「(呆れ顔で)嫌いやからて……えらいあっさり言うなぁ。せやけどそれは

  ちょっとおかしい思わんか」

鳩 子「おかしい? 何が?」

信 夫「本来、歓送会とか社員旅行いうたら仕事のうちや。会社の経費使うて

  自分らだけで楽しもうなんてお前達が考えることやないで。それを給料

  払てくれてる社長が言うのやったらまだ話は分かるけどな」

満寿美「へぇ、お父さんがそんなん言わはるの、珍しいわね」

鳩 子「お父さんはうちの社長がどんだけ嫌らしいか知らんから」

信 夫「わしは別に社長の肩持つ訳やない。社員にそれだけ慕われてないいうのは

  確かに問題ある人なんやと思う。鳩子の感覚はまともやと信じてるしな」

鳩 子「ありがとう」

信 夫「でもそれとこれとは話が別と違うか」

鳩 子「(考えて)そうやなぁ……最初はただみんなで旅行に行けると思て嬉しかったけど、

 社員旅行って考えてみたら会社の付き合いやもんね。好き嫌いで参加するとか

 せえへんとかいうレベルの話やないわ」


     信夫、満足そうに頷く。

鳩 子「けど、どないしょう。どう言うてみんな説得したらいいんやろ……」

     鳩子、悩んでいる。



Fまるふく産業・総務部

     鳩子が社員らを説得している。

鳩 子「キャンセルするのは別に会社の経費やしええねんけど、やっぱり折角やから

 みんなで行きたい思うんです。社長が行きはるから嫌やいう気持ちはもの

 すごーーーよく分かりますけど、社長かて一緒の会社の人やないですか。

 社長のお陰で私らお給料貰えてるのに、会社の経費で行く旅行に社長が

 来るから行かないいうのは、何か変や思います。やっぱり行きましょうよ、ね!」

社員達「……」

     鳩子、社員達の顔を見る。茜はうつむき、藤好は肩をすくめる。

鳩 子「浦島さんと私は行きます。明日、集合時間に駅で待ってます」



G駅・改札口(朝)

     旅行の準備をした鳩子と浦島が立っている。

     時計を見る鳩子。10時を過ぎている。

     溜息をついた時、茜、藤好、藍子、かずえらが旅行の用意をして現れる。

     鳩子、浦島と顔を見合わせてにっこり。

     藍子の携帯が鳴る。

藍 子「もしもし? あ、社長、おはようござ……どうしたんですか? 

 はい、はい……お大事に(切る)」


     にんまり笑う藍子。

鳩 子「社長、何ですって?」

藍 子「お腹が痛くなったので行けませんだって!」

     社員一同、歓声。 意気揚々と出発する。





                                               (終)