第5回  「街へ出て、ホンを書こう」  作 宮渕亮二


人物……小川鳩子(25)事務員

      野川凛(21)シナリオ・センター基礎科クラス生徒





@長谷ビル七階・シナリオセンター

   生徒達が廊下でおしゃべりしている。

   小川鳩子(25)が事務所から出て、

鳩子「(事務所に)お疲れ様でした」

   鳩子、おしゃべりしている生徒の間をぬってエレベーター前に行き、

   ボタンを押す。

   エレベーターのドアが開き、乗り込む鳩子。

   そこへ乗り込んでくる野川凛(21)。

   エレベーターのドアが閉まる。



A同・エレベーター内

   鳩子、隅で背を向ける凛に、


鳩子「お疲れ様〜」

凛「(照れ臭そうに)お疲れ様です」

鳩子「確か今日、基礎クラス飲み会するんでしょ?」

凛「みたいですね」

鳩子「行かへんの?」

凛「ええ。苦手なんです、そういうの」

   鳩子、うなずく。

鳩子「授業楽しい?」

凛「(うなずく)でも、毎週課題こなすのが大変で」

鳩子「(微笑み)大変な分、出来上がった時はうれしいでしょ?」

凛「まだ、そこまでは。正直、私向いてないかも」



   
B同一階・玄関ホール

   エレベーターを降りる鳩子と凛。

   玄関ホールの真ん中で立ち止まる鳩子、振り返り、

鳩子「今から時間ある?」


   凛、戸惑いつつ、うなずく。

鳩子「梅田まで一緒に歩かへん?」

凛「歩くんですか?」

鳩子「身体動かさんと脳ミソ働かへんよ。血の巡りの良さが良い脚本を生む。

 脚本の脚という字はどっからきてると思う?」

凛「ホントですか?」

鳩子「この足見てみ」

凛「あ、これはまた。立派な」

鳩子「(ギロリ)なに?」

凛「美脚で」

鳩子「(ニコリ)えーと?」

凛「野川凛です」

鳩子「野川さん、小川鳩子についてきなさい」

凛「はあ」


   ビルを出る鳩子と凛。



C駅前の街角

   歩道を並んで歩く鳩子と凛。


凛「シナリオ書くのって孤独じゃないですか?仲間が欲しくてシナセン入ったんですけど、

 考えてみたらみんなライバルやし。シナリオの相談したら、ただでさえ少ないアイデア

 盗まれそうって気がする。なんか入っても孤独な感じです」


   踏み切り前で電車の通過を待つ鳩子と凛。

鳩子「シナリオを書く大変さってみんなわかってるんやから、軽々しくパクる事はせえへ

 んと思うけど。考えすぎやって」

凛「そうですかね」


   電車が通過する。

凛「小川さんはどうしてシナリオ」

鳩子「(言葉を遮るように)書き始めたんですかって?」

  凛、うなずく。

  変な形の踏み切りが上がる。

  鳩子と凛、踏切を渡る。

鳩子「人ってそれぞれ生活あって、性格も好みもバラバラやん」

   擦れ違う人々。

鳩子「でも、映画やドラマって共通の話題になるやんか?それって実はスゴイ事なんと

 ちゃうやろかって」


   凛、納得の笑顔。

鳩子「ホラ、初めてのデートって映画行くのんお決まりやん。で、その映画の感想で

 お互いどういう感性してるのか知ってくわけやんか。ね?なんか素敵やん!」

凛「(笑顔で)素敵ですね!」

鳩子「野川さん、どんな映画が好き?」

凛「赤ちゃん泥棒が好きです!」

鳩子「(首を傾げ)知らんなー」


   鳩子、信号が点滅する横断歩道を走って渡る。

凛「小川さーん!」

   凛、走って鳩子を追い掛ける。



D新淀川大橋

   階段を上がってくる鳩子と凛、車道脇の狭い歩道を並んで歩く。

   凛、猛スピードで走る車の波を見て、


凛「うわ。結構怖いかも」

   立ち止まる鳩子、橋の下の広場でバーベキューする若者達を見て、

鳩子「今日もまた、見事な青春、目に余る」

   凛、鳩子の隣に並んで、

凛「どうやったらアイデアってわくんですかね?もう毎日部屋ん中で
煮詰まってんですけど」

鳩子「んー」

凛「愚問ですか?」


   鳩子、微笑んで首を振る。

   歩き出す鳩子について行く凛。


鳩子「この橋に親子が歩いててん。二十歳ぐらいの息子と犬つれたお父さん。

 その息子が 自分にはどんな仕事が向いてるのかわからんって言うわけ」

   鳩子、車道横の線路に電車が通過するのを見て、

鳩子「ハッキリしてるのは満員電車に乗るのは向いてへんていう事だけ」

凛「贅沢な」

鳩子「で、お父さんがイイ返しするんよ。人間はこの世に生まれた以上は

 何かを生みださんとアカン。お前は何を生み出せるんや?って」

   凛、顔が綻ぶ。

鳩子「息子が、じゃあオトンは何を生み出したんや!と、若さゆえ熱く

 切り返す。そしたら」

凛「そしたら?」

鳩子「なんて言うた思う?」


   凛、考える。

凛「それは情熱系ですか?まったり系ですか?」

鳩子「しっとり系」

凛「しっとり?ここで?」

鳩子「もう!なんでもいいから言うてみ」

凛「(呟く)しっとりしっとり」


   凛、周囲を見回して閃き、

凛「息子を指差して(鳩子を指差し)」

鳩子「指差して」

凛「お前だッ!」


   鳩子、驚いて車道に落ちそうになる。

鳩子「ビックリさせてどうする!」

凛「やっぱ、向いてないですね。私」


   凛、しょんぼり落ち込んで歩いて行く。

鳩子「ちょっと、野川さん!」

   鳩子、早足で凛に歩み寄り、

鳩子「それもアリやって。言い方がちとナシなだけで」

凛「実際はなんて言ったんですか?」

   鳩子、進む先を指差して、

鳩子「ホラ、あそこ」

   歩道のタイルが剥がれている場所に立ち止まる鳩子と凛。

鳩子「お父さんがここで立ち止まって息子に言うんよ。笑ってこうしながら」

   鳩子、しゃがんで近くに落ちている剥がれたタイルを元の場所にはめながら、

鳩子「生み出すのも大切やけど、メンテナンスも大切やなって」

   凛、ゆっくりニンマリ笑顔になる。

凛「橋ですか?」

鳩子「橋ですな」

凛「へー、いい話ですね」

鳩子「そう?(立ち上がり)そっからは先はまだ考えてへんけど」

凛「は?盗み聞きしたんじゃ?」

鳩子「こんな車のうるさいとこで盗み聞きできるわけないやん」

   両手を払う鳩子、歩き始める。

   凛、鳩子の隣に並んで歩く。


鳩子「この橋渡る度に、作り手ってカッコイイなあって思う。この橋があるからシナセン

 にも通えるわけやし。私の作品が話のネタになって、人と人との橋渡し役になってくれ

 たらうれしい」

凛「(溜め息)まとめますねー」

鳩子「自分の部屋に引き篭ってるだけやと発想が広がらん気せえへん?そういう時は

 気分転換に外へ出て、街をプラプラ歩いてみたら、閃くんやなアイデアが」

   凛、うなずく。

鳩子「歩くと健康にもいいしね。肩凝りも軽くなるし」

   並んで歩く鳩子と凛に向かって青年が歩いて来る。

   鳩子、立ち止まり道を譲る。

   微笑む青年、会釈して横を通り過ぎる。


鳩子「出会いもあるし。いい事だらけだ日焼け以外は」


   凛、笑顔。

鳩子「どうする?このまま家に帰る?それとも飲み会行ってハジけてみる?」


   凛、笑顔でお辞儀をし、今来た道を引き返す。 
  
   見送る鳩子、笑顔で先に進む。


凛「小川さん?」

   鳩子、振り返り凛を見る。

凛「今週の課題、お父さんがテーマなんですよ。さっきのアイデア頂いて」

鳩子「早速パクんのかい!」


(終)