第3回         まつげのイタズラ       作 橿棒万昌美 
              
 
   人  物

 小川 鳩子 (25) 事務員

 鈴原 ルミナ (19) 哲平の彼女

 小川 満寿美 (52) 鳩子の母

 小川 哲平 (20) 鳩子の弟

 角田 芳彦 (30) 鳩子の見合い相手

 角田の叔母

 薬局の店員(ルミナの母)


 その他




@シナリオセンター教室 (夜)

     先生、ゼミの生徒が10名、その中に小川鳩子(25)の姿、一生懸命

     ノートをとっている。


生徒A「…でもうまくまとまっていて、主人公の姿が生き生きとリアルに描かれていて、

  小川さんらしくてよかったです」


生徒B「人物の描き方がステレオタイプで、よくあるパターンだと思いました…」     

     鳩子、ノートに『よくあるパターン』と書き留めたきり、ペンが止まる。


A小川家・居間 (夜)

     小川満寿美(52)がテレビを見ている。

   
     鳩子が入ってくる。

鳩子「晩ごはん、ある?」

満寿美「あれ、早いやんか。食べてけえへんかったん? 今日は塾のある日と違うの?」

鳩子「塾と違う。シナリオセンターってゆうてるやん」

満寿美「ああそうやったっけ。おでんあるよ」



B同・食堂 (夜)
      鳩子、おでんを食べている。

      満寿美、意味ありげな笑いを浮かべ、座る。

鳩子「?」

満寿美「ほらっ、こんなん来ましたけど」

      と、立派な装丁の見合い写真を出す。

鳩子「やめてよ」

満寿美「会うだけ会ってみたら?」

鳩子「「もう、何でそうゆう時ってみんな同じ事しか言わへんの、パターンやわ」

満寿美「ここ、置いとくからね〜」


      満寿美、見合い写真をテーブルに置いて居間の方へ。
  
      鳩子、写真を無視して、おでんを食べる事に集中する。


C同・居間 (翌日)

      テーブルの上に見合い写真が無造作に置かれている。

      鈴原ルミナ(19)が入ってくる。短いスカートから細い足が出ていて、
  
      化粧が上手く、かわいい。

      ルミナ、見合い写真を開き、見る。

ルミナ「……うっそー」

      究極のくつろぎ着で入ってくる鳩子、ルミナと目が合う。

鳩子「! だれ?!」

ルミナ「あ、お母さん? な訳ないか、お姉さん?」

      鳩子、何がなんだか…。

ルミナ「私、ルミナです。哲平の彼女」

鳩子「ルミナ? あんたが哲平の…」


     と、改めてルミナの姿をまじまじと見る。
 
     ルミナ、見合い写真を広げて見せて、

ルミナ「お見合いするんですか?」

鳩子「返して!」


     鳩子、ルミナから写真を奪い取る。

鳩子「お見合いなんか、する訳ないやん」

ルミナ「そうなん? おもしろそうやのに」

鳩子「お見合いで結婚相手探すタイプじゃないねん私、悪いけど」

ルミナ「そうかなぁ、でも彼氏いないんやったら、お見合いもいいと思うけどな」

鳩子「ちょっと、何で彼氏がおらんって知ってんの…あっ、あいつ!」


     小川哲平(20)が部屋に入りかけたが、出て行こうとするのに気づく鳩子。

鳩子「哲平! あんた何をペラペラと…」

     哲平、素早く玄関の方へ行ってしまう。

鳩子「あいつ、逃げやがった。ルミナさん、うちの弟は嫁姑問題に逃げ腰になるタイプ

 やと思うよ」


     ルミナ、ケラケラ笑う。つられて笑いそうになる鳩子。


Dたこやき屋の前

     哲平がリズムを刻みながらたこやきを焼いている。

     鳩子が来る。

鳩子「二人前ちょうだい」

哲平「おっ、相変わらず食い気やなぁ」

鳩子「ほっといて。あっ、焦げたのイヤ。その、今焼けたとこの方入れて」

哲平「なんやねん、たこやきの焼け加減よか、気ぃ使うとこあるやろ。ルミナも

 言うとったぞ。もうちょっとおしゃれにしたら、一皮むけるのに、とか」

鳩子「一皮ぁ? えっらそーに。外見ばっかり飾ってもしゃぁないやん!」

      鳩子、哲平が包んだたこやきを、ひったくる様に受け取って行ってしまう。


Eひばり薬局の前

      たこやきを持った鳩子が通りかかる。

      『キラめく、まばたき』のキャッチフレーズと女性タレントのポスター。

      鳩子、ポスターをじっと見る。


F同・中
 
      鳩子が化粧品コーナーでつけまつ毛を見ている。
 
      女の店員がよってくる。

店員「色のついた睫毛も、きれいですよ」

鳩子「いえ、ちょっと見てるだけなんで」

店員「どうぞ、一度つけてみて下さい。いつものワンパターンなお化粧とは、ガラッと

 感じ変わりますよ」

鳩子「……ガラッと、ですか?」

店員「はい。もう、ガラっと」


G鳩子の部屋 (夜)

       鳩子、鏡を見ている。

       鏡の中でつけまつ毛をつけた鳩子が瞬きしている。

鳩子「何事も経験。やってみるか」

       鳩子、見合い写真を手に取り、眺める。


Hホテルのロビー

       休日なので色んな人で賑わっている。

       若い男女にそれぞれ付き添いのある、一目でお見合いだと分かるグループが

       3組はいる。

       鳩子と満寿美がくる。

鳩子「なんかTHAT’Sお見合い、みたいな人がいっぱい…帰りたなってきた」

満寿美「なによ、今更。つけまつ毛までして気合い入れてきたくせにぃ」

鳩子「ち、ちがうって、これは」


       満寿美、さっさと角田芳彦(30)と、その叔母めがけて歩いて行く。


Iレストラン店内

       鳩子と角田が向かい合っている。

角田「いきなり二人にされても困りますよね」

鳩子「まぁ、お見合いのパターンですもんね」


       鳩子と角田、会話が続かない。

       隣のテーブルに二人連れの客が座る。

       ルミナとその女友達である。ルミナと目が合う鳩子。

鳩子「!(よりによって!)」

ルミナ「(声に出さず)デート?」

鳩子「(曖昧なごまかし笑い)」

角田「僕もお見合いは初めてで、どうしたらいいのか…お互い緊張しますよね」

鳩子[……」

ルミナ「あ! (あの見合い写真の人!)」

角田「鳩子さんて、映画鑑賞が趣味なんですよね」

鳩子「はぁ、まぁ」


       沈黙。

       ルミナ、ゼスチャーで鳩子をトイレに誘っている。

鳩子「(気付いて)?」


J同・化粧室
  
       ルミナに続いて鳩子が入ってくる。

鳩子「見合いなんかせえへんとか言っときながら、見合いしてる私に何か用?」

ルミナ「私ってタイミングいいってゆーか、悪いってゆーか、自分でも不思議」

鳩子「言っとくけどお見合いで結婚したい訳じゃないからね」

ルミナ「え、そしたら何で?」

鳩子「経験やねん。色んな事知って、自分の幅を広げて感性を磨いておきたいからやねん」

ルミナ「はぁー…見合い話のシナリオ書くんですね」

鳩子「そんな、まんまの話書けへんわ。え、なんでシナリオの事知ってんの、あっ、哲平。

 あいつー口軽いねんから。くっそぉ」

ルミナ「いいじゃないですか。頑張って下さいよ」

鳩子「あんたに言われんでも…それより何やの? わざわざトイレに連れてきて」

ルミナ「ちょっといいですか?」


      と、鳩子のつけまつ毛をつまむ。

鳩子「!」

ルミナ「とれかけてた」

鳩子「ええ? うそぉ」

ルミナ「こんなんすっごく気になるねん。うち薬局で化粧品コーナーも充実してるから」

鳩子「へえ、薬局…あれ? ひょっとして、ひばり薬局?」

ルミナ「そうですけど、あ、もしかしてこのつけまつ毛、うちで買ったん? 嫌やなぁ、

 うちの母親が売りつけたんや。ダッサー。鳩子さん、元々睫毛長いから、つけまつ毛

 なんかいらんのに」

鳩子「睫毛長い? 私?」

ルミナ「これ、これの方がいいと思う」


      と、バッグからマスカラを取り出す。

鳩子「なにそれ、マスカラ?」

ルミナ「睫毛、2倍になるよ」

鳩子「……いいねん別に、このお見合いに賭けてる訳と違うし」


      鳩子、出て行く。


K駅のホーム

      鳩子と角田が無言で立っている。

アナウンス「1番線に電車が入ります。白線内側までおさがり下さい」

      角田、映画の前売り券を2枚差し出し、

角田「これ、よかったら」

      鳩子、「?」と何となく手に取る。

角田「映画好きって聞いてたから、もう観たかもしれませんけど」

鳩子「(はっとして)え? これ私に?」


      電車が入ってきてドアが開く。

      角田、電車に乗り込み、軽く会釈する。

角田「また誰かと行って下さい。今日はありがとうございました。元気で」

鳩子「そんなん、私こそ…」


     閉まるドア。

鳩子「角田さん、ごめんなさい!」


L駅前 (夕)

     鳩子、とぼとぼ歩いているが、急に逆方向に歩き出す。


Mひばり薬局の前 (夕)

     鳩子が中を覗いている。

     ルミナが商品の整理をしている。

鳩子「こんばんは」

ルミナ「あー鳩子さん、あれからどうしたん?」

鳩子「うん…」

ルミナ「あれ、リアクション悪い」

鳩子「いい人やったのに、自分の都合だけでお見合いして悪かったわ」

ルミナ「はぁー自己嫌悪か」

鳩子「私、目先の変わった事ばっかり気にして人の気持ちとか忘れてた。恥ずかしい

 わ」

ルミナ「私の親切も分かってくれましたぁ?」

鳩子「……まぁ、ぱっと見よりは、いい子」

ルミナ「そんなの、まんまの感想やん。もっと作家の感性で表現して下さいよ」

鳩子「(ちょっとムッ)知れば知る程魅力的、ルミナちゃん、二倍になるマスカラ頂戴」

ルミナ「ああ。いいっすよぉ」

       ルミナ、いそいそと取りに行く。

鳩子「ま、妹にしたってもいいかな」

       と、満足げに笑う。



(終)