2005年大阪校5枚シナリオコンクール最優秀賞作品 
課題「前夜祭」


スプーン  作:篠原智子(58期生)
<人 物>
横田康子(55) 主婦
横田健一(59) その夫
立川恵(31) その長女
横田幸一(29) その長男
一家の主の命の管を明日、抜く。悲しみと不安に満ちた子どもたちは、父と母の愛を永久に心に刻んで… 本当に素晴らしい切り口でした。おめでとう、篠原さん!
○救急救命センター・病室棟・廊下
   
横田康子(55)と白衣の男性が廊下を歩いている。康子、深々とお辞儀して男性
   と別れ、ある病室の前に来て、深呼吸ひとつ、勢いよくドアを開ける。

○同・病室
   
暗い病室内。ベッドに横田健一(59)。
   入って来るなり朗らかに喋りだす康子。

康子「ごっめーん、遅くなりました。やだ、暗い部屋。ねね、これ、見事でしょ。角の田
 中さんがお庭に咲いてたの切ってくれたのよ、お父さんにって。あっ、今日は恵と幸
 一も、後から顔出してくれますから」
   
畳みかけるように喋りながら、ブラインドを上げたり、花を飾ったり、忙しく手を動
   かす康子。

康子「そうそう、恵んとこの葵ちゃん、幼稚園のクリスマス会で白雪姫役だって。葵、
 可愛いから。隔世遺伝かしらね。見に行く…」
   
口をつぐむ康子。静かになった病室に心電図の機械音だけが冷たく響く。多数
   の管につながれて横たわる健一の姿。
康子「ね、久しぶりにアレ、スプーンしよ」
   康子、静寂を振り払うように明るく言うが早いか、健一のベッドに滑り込む。
康子「ふふ、言い出しっぺはどっちでしたっけ。ふたつのお匙が重なるように、ぴった
 り寄り添うから、スプーンって」
   
管に阻まれ、上手く寄り添えない康子。
康子「スプーンあっての私達よね。だって、人の温もりって饒舌だから。でなきゃ、誰
 がこんな口下手な人と30年も、ねえ」
   
なんとか健一の横に体を収める康子。
康子「窮屈だけど勘弁ね。管が邪魔で…怒ってる? 怒ってるわよね。お父さん、無
 意味な延命治療は嫌だって、昔言ってたもの」
   
健一から伸びる管をじっと眺める康子。
康子「喜んでね…明日、管、抜きます」
   
康子、笑おうとするが、溢れる涙。

○同・廊下

   
ドアの隙間から病室内を覗く横田幸一(29)。立川恵(31)が現れ、幸一に声かけ
   ようとするが、幸一、それを制する。訝しげに病室を覗きハッとする恵。そっと場
   を離れる恵と幸一。


○同・病室

   
康子、健一に頬を寄せ、目をつむる。
康子「今夜はずっとこうしていましょうね。お父さん、あったかい…」
   
康子と健一、穏やかな笑みを湛えてる。

 <終>
【ノミネート作】
「SAME OLD SCENE」     土A作家集団 菅 浩史
「ピーヒョロゲの笛」        土AT研修科 中山照子
「スプーン」             土E研修科  篠原智子
「落花流水」            土E作家集団 水村節香